フォークソングは青春の歌

男性シンガーのフォークソング

ウィスキーの小瓶【みなみらんぼう】

みなみらんぼうの名前はフランス人のランボーにちなんで名づけたものであり、代表曲である「ウィスキーの小瓶」はシンガーソングライターである彼を世に広めた曲のひとつとなっています。
 
心温まる詞を作ることにあくなく挑戦を持っていた彼にとって、子供たちにも浸透したということは大きな出来事でもあったのです。
世代を超えて愛されるということは、みなみらんぼうの魅力が認められたという点にも結びついていくため、これからの展望にも様々な業界から期待が集まっています。
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心もよう【井上陽水】

井上陽水の「心もよう」は、1973年にリリースされた曲であり、多くのアーティストにカバーされているということが特徴的です。
フォークシンガー全盛期の時代における人間の奥深さを語ったナンバーであり、現代でも色あせることなく歌い継がれているのです。

 

この曲は故郷である博多へ帰省した時に、不遇の時代を生きる自分自身と照らし合わせて制作されたというエピソードが残されています。若者の葛藤や思い通りにならないもどかしさについて触れている井上陽水らしい楽曲が散りばめられているということも考えながら聴いていくことが趣深いですね。
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メリー・ジェーン【つのだ☆ひろ】

つのだ☆ひろは、福島出身の歌手です。
歌手以外にもドラマーや作曲、学校開設など幅広い活動を行っています。さらに独自の風貌とトークで、バラエティでも人気があります。
 
歌手として代表する曲は、「メリー・ジェーン」です。
現在でもカラオケで歌われたりテレビでも映像が流れたりしていますね。作曲は本人が手掛けています。
作詞はクリストファー・リンで、編曲は成毛滋と葵まさひこが行っています。
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夢想花【円 広志】

円広志といえば、その代名詞となっているのが、夢想花という曲でしょう。
この曲は知っているけど歌手が誰だかわからないという人もいるほど、「夢想花」という曲はとても多くの人が知っているポピュラーな曲なのです。
 
円広志はシンガーソングライターとして1978年から活動をしています。
さて。この夢想花ですが、なんと、シングル1枚目でこれだけのヒットを記録したんですから、すごいことですよね。
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受験生ブルース【高石友也】

高石友也の代表的な「受験生ブルース」は、青春時代の苦い思い出を見事なまでに記した作品であり、昭和を象徴する曲の一つになっています。
 
日本のフォークソング黄金期にあった時期にリリースされた存在であり、ベトナム戦争終結後の閉塞的な雰囲気の中で明るい希望となっていったのです。
また、字余りな曲を迎合るかどうかということで議論に合った中で、「受験生ブルース」は出だしは異端な存在として音楽評論家の間では印象づけられたというエピソードも存在しています。
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空に星があるように【荒木一郎】

中高年世代にとって、荒木一郎は作詞作曲をする歌手として知られているんですよ。
誰でも歌いやすいメロディでありながら、独特の叙情を醸し出すジャパニーズポップスの草分け的存在なんです。
 
ヒット曲もたくさんあって、「空に星があるように」や「いとしのマックス」や「今夜は踊ろう」などは今聴いても心に沁みてくる名曲揃いです。
 
実力のほどは「空に星があるように」が第8回日本レコード大賞新人賞を受賞していることでも納得できますね。
ここ何年かは芸能界から姿を消していますが、また最近は小さなライブ活動などをやりはじめています。
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わかって下さい【因幡晃】

70年代はフォークソングが主流となってましたよね。
フォークソングは暗いというイメージがあるようですけど、暗いという表現よりも哀愁のあるメロディーが多いとも言われています。
 
今のヒット曲に聞きなれている人では入りにくいメロディーが多いんですけど、歌詞ひとつひとつ聴いてみると、共感出来ることもあるようですよ。
 
因幡晃の作った「わかって下さい」は、耳に残るメロディーですね。
ときどきお店で流れることもあるようですよ。この曲は、CMソングとしても使用されたことがあるみたいなんです。
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我が良き友よ【かまやつひろし】

かまやつひろしは青春フォークソングを代表する歌手です。
最近ではたくさんのジャンルの音楽がありますが、日本では昔から歌謡曲が多くの人に親しまれてきました。
 
その代表的な人が、かまやつひろしなのです。たくさんの曲を発表していますが、その中に我が良き友よという曲があります。
これは1975年2月5日に発表したシングルレコードとなっています。
 
東芝EMIから発表されています。
「我が良き友よ」はかまやつひろしの代表曲であり、吉田拓郎からその楽曲の提供を受けています。長い音楽人生の中で、唯一の月刊・週間チャート1位獲得曲となったのです。
また1975年のオリコンシングル年間チャートでは、9位を獲得しています。
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大阪で生まれた女【BORO】

BOROの大阪で生まれた女、40台の関西人にはすごく懐かしい歌です。
本当に、カラオケでよく歌いました。
 
関東人の友人がいまして、飲んだ後にカラオケに行ったりするのですが、
大阪で生まれた女やたかじんのやっぱ好きやねん、上田正樹の悲しい色やねなどをよくリクエストされます。
 
関東の方が関西弁で歌うのはなかなか難しいようです。
ほろ酔い状態でああいうシットリとしたラブバラードは関西弁がよく似合いますね。
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別れのサンバ【長谷川きよし】

長谷川きよしは盲目のミュージシャンです。
1949年生まれの64歳で、シャンソンやフォークソングやボサノバなどあらゆるジャンルの歌を歌うことができます。シンガーソングライターやギタリストとしての顔を持っています。そして、現在も精力的に音楽活動を行っています。
 
長谷川きよしは緑内障のために2歳で失明をし全盲となるのですが、高校3年生の時にシャンソンコンクールに参加をし、この時に4位に入賞しました。
そして1969年に「別れのサンバ」でデビューをします。
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