フォークソングは青春の歌

女性シンガーのフォークソング

私は泣いています【リリィ】

リリィの「私は泣いています」は、1974年3月5日に販売された曲です。
 
この曲を歌っているリリィは、福岡県福岡市生まれのシンガーソングライター兼女優です。
1972年に東芝EMIよりアルバム「たまねぎ」で歌手デビューしまし、同年5月5日にはファストシングル「にがお絵」をリリースしました。
 
デビュー盤がアルバムというのは、当時としては珍しいもので、そして独特のハスキーヴォイスで一斉を風靡しました。
 
ベースギターを抱えながら女性でありながらかっこ良く歌っていましたね。
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真夜中のギター【千賀かほる】

千賀かほるという歌手がいましたよね。
この人は日本レコード大賞を受賞したことがある人でして、当時はとても素晴らしい曲を歌っていましたよね。
 
さて、千賀かほると言えば、やっぱり、代表曲としては、真夜中のギターですよね。
この曲で千賀かほるはデビューを果たしたわけです。1枚目のシングルであった真夜中のギターですが、結構売れたんですよ
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恋人よ【五輪真弓】

恋人よという歌が大ヒットしました。時代としては、1980年8月です。
この時、この歌を歌っていた五輪真弓さんは通算で18枚目のシングルだったんです。この人が数々歌ってきたシングル作品の中でも、この歌は最大のヒット曲になったんですね。
 
昭和の時代の大ヒット曲でして、今でもテレビ番組等では、昔の大ヒット曲として取り上げられていたりしますね。この歌のジャンルとしては。J-POPです。
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フランシーヌの場合【新谷のり子】

新谷のり子の「フランシーヌの場合」は、1969年6月15日に発売されました。
彼女、新谷のり子のメジャーデビュー曲であり80万枚売り上げた大ヒット曲です。
 
「フランシーヌの場合」は、フランス人女性フランシーヌ・ルコントがパリで起こした政治的講義のための焼身自殺を題材に、作詞はいまいずみあきらによって作曲は郷伍郎によって作られました。
この曲は事件からたった3ヶ月後の反安保の日に販売されたのです。
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みずいろの雨【八神純子】

シンガーソングライターである八神純子の代表曲、「みずいろの雨」ってご存知でしょうか。
 
「ああ みずいろの雨」というフレーズと張りのある伸びやかな歌声からはじまるこの曲は、1978年にリリースされた、八神純子の5枚目のシングル曲にあたります。
 
作詞・作曲・編曲は次の通り、三浦徳子作詞、八神純子作曲、大村雅朗編曲です。
シングルセールスはトータルで60万枚を記録しました。この楽曲は最高ランキングで、オリコンの週間ランキング2位、1978年度オリコン年間59位、1979年度オリコン年間32位となっています。
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木綿のハンカチーフ【太田裕美】

木綿のハンカチーフは1975年に太田裕美によって歌われた歌謡ポップスで、太田裕美さんは1955年1月20日生まれで、現在でもシンガーソングライターとして活躍されていますね。
 
この木綿のハンカチーフの作詞担当の松本隆さんは、元はドラム演奏者であり、作曲は筒美京平さんと豪華な顔ぶれが当時話題を集め、12月21日にその当時500円という価格で発売されました。
 
この木綿のハンカチーフの知られざるヒストリーとして、作詞担当の松本さんが詩を書き上げたのち、作曲担当の筒美さんに出来上がった詩を渡した、詩先といわれる作品でもあります。
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思い出まくら【小坂恭子】

小坂恭子の「思い出まくら」は、1975年5月25日に発売された曲です。
小坂恭子は宮崎県日南市出身のシンガーソングライターなんですね。
1973年に第五回ヤマハポピュラーソングコンテストの「私の好きな組み合わせ」で最優秀歌唱賞を受賞し、翌年の第七回のコンテストで「恋のささやき」でグランプリに輝きメジャデビューしました。
 
この「想い出まくら」は130万枚を売り上げる小坂恭子の最大のヒット曲となんです。
自分を置いてまたは捨てて行ってしまった恋人に対する悲しみや後悔など、悲惨さが前半は表現されていて、同じような状況にあったまたは現在あるであろう人の心にぐっと刺さってしまう曲です。
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